電気自動車の電池パックの平均価格は、2010年ごろの1kWhあたり1,200ドル超から、2025年には108ドルまで下がりました(BloombergNEF調べ)。この値段は、「材料の値段を足し算」しただけでは決まりません。材料を電池用に加工し、工場で作り、パックに組み立て、研究開発や利益も加わって、はじめて完成品の値段になります。
前の記事「第一原理思考とは?」で、マスクが「電池を材料の値段から考えた」と語った話を紹介しました。この記事では、その「材料の値段」とは何なのか、電池の中身を見ながら、順番に説明します。電池パックの値段が下がってきた歴史も、数字で確かめます。
1kWhって何?
電池の値段を話すときは、よく「1kWh(キロワットアワー)あたり、いくら」という言い方をします。kWhは、電気の量を表す単位です。
- 1,000W(ワット)の電気を、1時間使った量が、1kWh。
- 1,000Wのドライヤーを1時間使うと、約1kWhの電気を使います。
- 電気自動車の電池パックは、数十kWh〜100kWh前後のものが多く、これが「どれだけ走れるか」を決めます。
つまり、「1kWhあたりの値段」は、電池の値段を、電気をためられる量で割ったものです。電池の大きさが違っても、値段を比べられます。
電池の中身:6つの材料
リチウムイオン電池の中には、おもに次の材料が入っています(2013年の電池の技術論文での整理に基づきます)。
| 材料 | 役割 |
|---|---|
| 正極 | リチウムを含む金属の酸化物。電気をためる主役のひとつ。 |
| 負極 | おもに黒鉛(グラファイト)。リチウムを出し入れする。 |
| 電解液 | リチウム塩を、有機溶媒に溶かした液体。イオンが行き来する道になる。 |
| セパレーター | ポリエチレンやポリプロピレンの、小さな穴のある薄い膜。正極と負極が触れないようにして、イオンだけ通す。 |
| 集電体 | 正極側はアルミ箔、負極側は銅箔。電気(電子)を外へ導く。 |
| 外装缶 | 形を保ち、液もれを防ぐ。 |
前の記事で紹介した「タブレス」は、この集電体から電気を取り出すやり方の工夫です(タブレスとは?)。
「材料費から考える」とは
「材料費から考える」とは、電池の中に入っている材料を、それぞれ市場の値段で買って、足し算することです。カレーの材料(米、肉、野菜、ルー)を足し算するのと、同じ発想です。
マスクは、2012年のKevin Rose氏とのインタビューで、次のような趣旨を語りました(要旨)。電池パックは、歴史的には1kWhあたり約600ドルかかってきた。しかし、材料を市場価格で足し算すると、約80ドルだ。この数字は、マスク本人の説明で、第三者の資料による確認はできていません。
ここで大事なのは、「材料の足し算」が、そのまま「作れる値段」ではない、という点です。次の章で、実際の電池パックの値段の移り変わりを見て、そのあと、差が生まれる理由を考えます。
値段は、どれだけ下がったか
電池パックの平均価格は、BloombergNEF(ブルームバーグNEF、エネルギーの調査会社)が、毎年調査して発表しています。
| 年 | 電池パックの平均価格(US$/kWh) |
|---|---|
| 2010年ごろ | 1,200超 |
| 2020年 | 137 |
| 2021年 | 132 |
| 2022年 | 151(前年より上昇) |
| 2023年 | 139 |
| 2024年 | 115 |
| 2025年 | 108(記録的な低さと発表) |
たとえば、60kWhの電池パックだとします。1kWhあたり1,200ドルなら、電池だけで約7万2千ドルです。108ドルなら、約6千5百ドルです。電気自動車が手の届く値段になってきた背景には、この値段の下落があります。
ただし、値段は一直線に下がったわけではありません。2022年には、前の年より上がっています。
材料費と、完成品の値段の差
では、マスクの言う「材料費は約80ドル」と、「電池パックの価格は数百ドル」の差は、何でしょうか。電池の技術論文などでは、材料費のほかに、次のようなものが加わる、と整理されています。
- 設備への投資と、その減価償却(工場の機械を、少しずつ費用として分ける)
- 製造にかかる費用(電気、人、歩留まり=作ったうち、使える製品の割合)
- 研究開発費
- 利益
2013年の電池の論文には、18650型という電池を大量に作る想定で、「電池用に加工された材料」が、セルの費用の約8割(78〜80%)を占めるという推計があります。一方、マスクの「約80ドル」は、加工する前の、原材料の市場価格の話に聞こえます。「材料費」という言葉が指す範囲が違うために、数字が大きく違って見える可能性があります。ただし、これは筆者の推測で、マスクの発言の内訳を確かめたわけではありません。
ここから分かるのは、「材料の足し算」は、出発点として便利だが、完成品の値段そのものではないということです。前の記事で紹介した、「第一原理は出発点であって、答えそのものではない」という注意と、同じ話です。
テスラは、どう縮めようとしたか
テスラは、2020年9月のBattery Day(電池に関する技術発表)で、電池の作り方を見直して、コストを大きく減らす計画を示した、とされています。複数の技術を組み合わせることで、コストを約56%減らせる可能性がある、という趣旨です。公式スライドの該当ページは、私たちはまだ確認できていません。
その中身には、前の記事で紹介した、タブレスの大きなセル(4680セル)や、電極の作り方の見直しなどが含まれます。それぞれは、このシリーズで、順番に説明していきます。
よくある質問
電池が高いのは、レアメタルのせいですか?
材料の値段は、確かに一部です。ただし、この記事で見たように、材料を加工し、工場で作り、組み立てる費用も、大きな部分を占めます。どれくらいの割合かは、前提によって大きく変わります。
電池の値段は、これからも下がりますか?
この記事では、予測はしません。2022年のように、上がった年もありました。確認できているのは、2010年ごろから2025年までに、長い目で見て大きく下がってきた、という事実です。
マスクの「約80ドル」は、正しい数字ですか?
マスク本人の説明として紹介しています。第三者の資料で、同じ前提の数字を確認することは、できていません。
まとめ
- 電池の値段は、「1kWhあたり、いくら」で比べる。
- 電池の中身は、正極、負極、電解液、セパレーター、集電体、外装缶。
- 電池パックの平均価格は、2010年ごろの1,200ドル超から、2025年の108ドルまで下がった(BloombergNEF)。
- 「材料の足し算」は出発点。完成品の値段には、加工、設備、製造、研究開発、利益が加わる。
- マスクの「600ドル→80ドル」は、本人の説明で、第三者の確認は未了。
次の記事では、「ロケットは高いのか?」を、同じ考え方で分解します。
出典(確認日 2026-10-11)
- Brodd, R.J. & Helou, C.「Cost comparison of producing high-performance Li-ion batteries in the USA and in China」、Journal of Power Sources、2013年6月、DOI: 10.1016/j.jpowsour.2012.12.048(電池の材料と役割、材料費の推計)
- BloombergNEF「Battery pack prices cited below $100/kWh for the first time in 2020, while market average sits at $137/kWh」(2020年12月): https://about.bnef.com/insights/clean-energy/battery-pack-prices-cited-below-100-kwh-for-the-first-time-in-2020-while-market-average-sits-at-137-kwh/
- BloombergNEFの毎年の電池価格調査の発表(2021年11月30日:132ドル、2022年12月6日:151ドル、2023年11月27日:139ドル、2025年12月9日:2024年115ドル・2025年108ドル): https://about.bnef.com/insights/(個別ページのURLは、確認中)
- Kevin Rose「Foundation」によるイーロン・マスクへのインタビュー(2012年): YouTube(該当箇所)
- Tesla「Battery Day」(2020年9月22日)のコスト削減の説明:公式資料の該当ページは未確認(二次資料による)
この記事は、科学技術の学習を目的としたもので、投資の助言ではありません。また、マスク本人の考えを確認したものではなく、筆者の読み解きです。図1・図2はAIで生成したイメージです。