イーロン・マスクは1971年6月28日に南アフリカのプレトリアで生まれ、13歳のとき、自作のゲーム「Blastar」が雑誌に掲載されました。のちに北米へ渡り、1995年に弟のキンバルと最初の会社Zip2を創業。1999年、Zip2はCompaqに約3億ドルで買収されました。

この物語は、「13歳の少年が作ったゲーム」から始まります。
のちに、電気自動車と、ロケットと、そのほか多くの事業を動かすことになる人物は、どんな少年だったのでしょうか。そして、最初に会社を作ったのは、いつ、どんな形でだったのでしょうか。
この記事では、少年時代から、最初の会社を売るまでを、順番に追います。出典で確認できた事実と、「と伝えられている」にとどまる話は、分けて書きます。
1971年、プレトリアで
イーロン・マスクは、1971年6月28日に、南アフリカのプレトリアで生まれました(報道による)。母はカナダ出身のマイエ・マスク、父は南アフリカ出身のエロール・マスク。長男です。
少年期のマスクについては、いじめを受けた、という話も伝えられています。ただし、これは父親の説明にもとづく報道で、時期や詳しい事情は確認できていません。この記事では、これ以上は立ち入りません。
13歳、ゲームが雑誌に載った
1984年12月。マスクが作った宇宙のシューティングゲーム「Blastar(ブラスター)」が、コンピューター雑誌『PC and Office Technology』に掲載されました。マスクは、このとき13歳でした(ゲームを作ったのは12歳のころ、と伝えられています)。
この「雑誌に掲載された」という点は、ゲームの記録が公開されていて、確認がしやすい部分です。
一方で、有名な「500ドルで売った」という話は、伝記記事に出てきますが、雑誌の資料では、支払いの事実や金額までは確認できていません。そこで、この記事では、「13歳の少年が作ったゲームが、雑誌に載った」という事実を中心に書きます。
北米へ、そして大学へ
その後、マスクは北米へ渡ります。
- 1990年9月ごろ:カナダのオンタリオ州キングストンにある、クイーンズ大学に入学したと伝えられています。
- その後、アメリカのペンシルベニア大学に進み、物理学と経済学を学んだ、と伝えられています(学位を得た年月などは、大学の公式資料で確認できていません)。
カナダへの最初の移住の年は、1988年とする資料と、1990年のクイーンズ大学入学を記す資料があり、はっきり決まっていません。
物理学と経済学。のちにマスクが語る「物理学の考え方」(第一原理思考)と、ビジネスの経験。この2つを、同じ大学で学んだ、という点は覚えておいてください(第一原理思考とは?)。
1995年、弟と、最初の会社
1995年。マスクは、スタンフォード大学で学ぶ予定だったところを取りやめて、弟のキンバルと、会社を作りました。名前はZip2(ジップツー)。拠点は、アメリカ・カリフォルニア州のシリコンバレーです。
新聞社向けの、オンライン街案内を作る会社です。街のお店や施設の情報と、地図を組み合わせたサービスを、新聞社に提供しました。インターネットが広がり始めたばかりの時代の事業です。

1998年には、当時の報道(WIRED)が、Zip2の取引先として、ニューヨーク・タイムズ、Knight-Ridder、Landmark Communications、Hearst、Times Mirror、Scripps Howard系列などの新聞社を挙げています。小さな会社が、大手の新聞社と、取引を結んでいたことが分かります。
同じ報道によると、1998年4月6日、Zip2は、別の街案内サービスのCitySearchと合併する、と発表されました。合併の構想では、マスクが、製品・技術担当の経営幹部になる予定でした。(この合併が、その後どうなったかは、この記事では確認していません。)
なお、創業当時のオフィスや生活の様子、初期の顧客については、今回の調査では、確かな資料を確認できていません。有名な逸話もありますが、出典で裏づけられるものだけを、載せることにしています。
1999年、最初の売却
そして、1999年2月17日。CompaqがZip2を、現金で約3億ドルで買収すると発表しました(ウォール・ストリート・ジャーナルの報道)。Zip2は、Compaqの検索事業(AltaVista)に組み込まれることになりました。
1995年に作った会社が、約4年で、大型の買収の対象になったのです。

この売却について、約3億700万ドルという金額や、マスクが約7%の持分から約2,200万ドルを得た、という記述が、大学の媒体にあります。ただし、マスク個人が受け取った金額は、一次の資料では確認できていません。
13歳でゲームを雑誌に載せ、物理と経済を学び、20代前半で会社を作って、約4年で売る。ここまでの歩みは、「一つのことを、とことんやる」というより、学ぶ、作る、売るを、短い周期で繰り返しているように見えます。ただし、これは外から見た筆者の解釈です。
次の記事で語るのは、Zip2を売ったあと、マスクが、次に作った会社のことです。それは、インターネット上の銀行でした。
よくある質問
Blastarを500ドルで売ったという話は本当ですか?
「雑誌に掲載された」ことは確認できますが、「500ドルで売った」点は、雑誌の資料では、支払いの事実や金額までは確認できていません。
マスクは、いつカナダに移りましたか?
1988年とする資料と、1990年にクイーンズ大学に入学したとする資料があり、確定できていません。
Zip2の売却で、マスクはいくら受け取りましたか?
Zip2の買収額は約3億ドルと報じられていますが、マスク個人の受取額は、一次の資料では確認できていません(大学の媒体には、約2,200万ドルという記述があります)。
まとめ
- 1971年6月28日、プレトリア生まれ(報道)。
- 1984年12月、13歳のとき、ゲーム「Blastar」が雑誌に掲載された。500ドルの話は未確認。
- 1990年ごろクイーンズ大学へ。物理学と経済学を学んだと伝えられる(年月は未確認)。
- 1995年、弟キンバルとZip2を創業(新聞社向けのオンライン街案内)。
- 1999年2月17日、CompaqがZip2を現金約3億ドルで買収すると発表(報道)。
次の記事:Zip2を売ったマスクは、次に、インターネット上の銀行「X.com」を作ります。そこで待っていたのは、思いがけない出来事でした。
出典(確認日 2026-10-11)
- Blastar(1984年、『PC and Office Technology』掲載とされる)の資料: https://archive.org/details/blastar-elon-musk-spectravideo(掲載月・報酬の原典確認は不十分)
- クイーンズ大学の同窓会誌「Elon Musk」(2013年2月1日): https://www.queensu.ca/alumnireview/articles/2013-02-01/elon-musk
- WIRED「Citysearch, Zip2 join forces」(1998年4月): https://www.wired.com/1998/04/citysearch-zip2-join-forces/
- ウォール・ストリート・ジャーナル「CompaqによるZip2買収」(1999年2月17日): https://www.wsj.com/articles/SB919181288287063500
- 少年期の報道(父親の説明に基づく): https://www.thestandard.com.hk/world/article/190786/Stern-South-African-childhood-fueled-Musks-ambition-says-father
この記事は、科学技術と企業の歴史の学習を目的としたもので、投資の助言ではありません。事実と筆者の読み解きは、区別して書いています。図はAIで生成したイメージです。