NASAのHLS計画の担当者らが2026年10月の国際宇宙会議(IAC)で発表した論文によると、スターシップHLSの客室は機体のいちばん上にあり、与圧された居住空間は600立方メートルを超え、エアロックが2つあります。月面へは、簡単な滑車のしくみで、エレベーターのかごに乗った2人の宇宙飛行士を降ろします。スペースXは、テキサス州のスターベースで、本物に近い実物大の客室「Cabin One」を作っていて、生命維持装置などの試験と、宇宙飛行士の訓練に使います。

3行まとめ
- NASAの論文(2026年10月)によると、月着陸船スターシップHLSの客室は機体のいちばん上にあり、与圧された居住空間は600立方メートルを超え、出入り口のエアロックが2つあります。
- 月面へは、簡単な滑車のしくみで、エレベーターのかごに乗った2人の宇宙飛行士を降ろします。
- スペースXは、スターベースで本物に近い実物大の客室「Cabin One」を作っていて、生命維持装置などの試験と、宇宙飛行士の訓練に使います。
前提知識:宇宙船の「客室」は、何をしている部屋なのか
「与圧」とは、部屋の中に空気を詰めて、地上に近い気圧に保つことです。 宇宙はほぼ真空で、空気の押す力(気圧)がありません。人は、まわりに気圧がないと、呼吸ができず、体液も沸騰しやすくなり、生きていけません。そこで、宇宙船の客室は、頑丈な壁で囲んで空気を詰め、風船のように内側から外へ押す力に耐えるつくりにします。この「空気が入っていて、人が服を着たまま過ごせる部屋」の広さが、ニュースで言う「与圧された容積」です。容積が大きいほど、壁が受ける力の合計も大きくなるので、広い客室は、それだけで設計が難しくなります。
生命維持装置(ECLSS)は、閉じた部屋の「空気と温度の係」です。 閉め切った部屋に人がいると、酸素が減り、吐く息の二酸化炭素と湿気が増え、体温や機械の熱で暑くなります。地上なら窓を開ければ済みますが、宇宙では外に空気がありません。そこで、酸素を足す、二酸化炭素を取り除く、湿気を取る、温度を保つ、気圧を一定にする、という仕事を機械が休まず続けます。英語の Environmental Control and Life Support System の頭文字で、ECLSS(イークルス)と呼びます。客室が「ただの空き部屋」ではなく「人が住める部屋」になるかどうかは、この装置で決まります。
エアロックは、空気を逃がさずに外へ出るための「二重扉の小部屋」です。 客室のドアをいきなり開けると、中の空気が一気に外へ抜けてしまいます。そこで、客室と外の間に小部屋を挟みます。宇宙服を着た人が小部屋に入り、客室側の扉を閉め、小部屋の空気だけを抜いてから、外側の扉を開けます。戻るときは逆に、外側の扉を閉めてから、小部屋に空気を入れます。抜く空気は小部屋の分だけなので、客室の空気は守られます。エアロックが2つあると、片方が使えなくなっても、もう片方で出入りできます。
容積の大きさを、数字でつかんでみます。 600立方メートルは、たとえば、たて10m・よこ10m・高さ6mの空間です。学校の25mプール(25m×10m×水深1.2mとすると300立方メートル)の、約2杯分の水が入る大きさです。アポロの月着陸船の乗員室は6.65立方メートル(NASA)だったので、600 ÷ 6.65 ≒ 90 で、およそ90倍の広さになります。
何が起きたか
NASAで月着陸船を担当する「人間着陸システム(HLS)計画」の担当者らが、2026年10月5〜9日にトルコのアンタルヤで開かれた国際宇宙会議(IAC)向けに、計画の1年の進み具合をまとめた論文を発表しました。この論文が、スペースXの月着陸船スターシップHLSの客室について、次のように説明しています。
| 項目 | 論文の説明 |
|---|---|
| 場所 | 機体のいちばん上 |
| 広さ | 与圧された居住空間が600立方メートル超 |
| 出入り口 | エアロックが2つ |
| 月面への降り方 | 簡単な滑車のしくみで、エレベーターのかごに乗った2人を降ろす |
| 試験用の客室 | スターベースで、本物に近い実物大の客室「Cabin One」を製作中 |
「Cabin One」には、本物と同じ考え方の電子機器(アビオニクス)と電源、乗員が操作する機構、生命維持装置(ECLSS)、乗員の通信装置、専用の温度管理のしくみなどが入ります。論文は、Cabin One が、スペースXとNASAがシステムを試して完成度を上げる場であり、人が実際に操作して確かめる訓練(ヒューマン・イン・ザ・ループ訓練)の場になる、と書いています。この論文をもとに、2026年10月23日ごろから、客室の中身をくわしく伝える報道が出ています。
なぜ重要か
1つ目は、「人が住める部屋」の試験が、地上で本格的に始まることです。ロケットや着陸の試験は、無人の機体でも進められます。しかし、客室の空気、温度、通信、操作のしやすさは、人が中に入らないと確かめられません。本物に近い客室を地上に置けば、宇宙へ行く前に、何度でも人を入れて試せます。
2つ目は、客室の広さが、月での過ごし方を変えることです。アポロの月着陸船は、2人が数日過ごすのがやっとの広さでした。NASAのアルテミス4号の計画では、2人が月の南極の近くに約1週間滞在します。長くいるほど、寝る、食べる、宇宙服を着替える、道具をしまう、といった生活の場所が必要になります。
技術・しくみ:大きな客室と、エレベーターの理由
スターシップは、もともと人や荷物を大量に運ぶための、とても背の高い宇宙船です。客室が機体のいちばん上にあるので、月面との間には、建物でいえば何階分もの高さがあります。アポロのように、はしごで降りるのは現実的ではありません。そこで、滑車でかごを上げ下げする「エレベーター」を使います。論文によると、かごで降りるのは2人です。
| 比べる相手 | 与圧された部分の広さ | 出典 |
|---|---|---|
| アポロの月着陸船(乗員室) | 6.65立方メートル | NASA |
| スターシップHLS(客室) | 600立方メートル超 | NASAのIAC論文 |
| 国際宇宙ステーション(ISS) | 1,005立方メートル(うち居住空間388立方メートル) | NASA |
容積の数え方は、宇宙船ごとに定義が少しずつ違うので、表の数字は大きさの目安として見てください。それでも、1機の着陸船で、ISSの与圧部分の半分を超える広さになるのは、これまでの月着陸船とはけた違いです。
ぼくの考えだけど、広い客室は「快適さ」だけでなく、エアロックを2つ置ける、宇宙服や道具をしまう場所を十分に取れる、といった「作業のしやすさ」と「安全の余裕」にもつながると思います。その代わり、生命維持装置が管理する空気の量も増えるので、Cabin One での地上試験が大切になります。
これまでの流れ
- 2021年4月: NASAが、アルテミス計画の月着陸船に、スペースXのスターシップHLSを選びました。
- これまで: NASAの論文によると、スペースXとブルーオリジンの2社は、NASAジョンソン宇宙センターの大きなプール(中性浮力実験室)に着陸船の乗員室の模型を沈め、宇宙服を着たままの出入りや、すき間の広さなどを確かめてきました。
- 2026年5月22日: スターシップの3つ目の型(バージョン3)の飛行試験が始まりました。7月24日の13回目の飛行では、宇宙でラプター・エンジン1基の再点火を行いました。
- 2027年(予定): アルテミス3号は、地球の軌道で、宇宙船オリオンと2社の着陸船の試験機がドッキングする試験です。スペースXは、ふつうのスターシップ(バージョン3)の先端にドッキング装置を付けて参加します。論文によると、この試験機には生命維持装置が入らず、宇宙飛行士はスターシップに乗り移りません。
- 2028年(予定): 最初の有人の月着陸はアルテミス4号(2028年初め)、2回目はアルテミス5号(2028年後半)をめざします。どちらの会社の着陸船を使うかは、後で決まります。
知っておくと使える、ニュースを読むときのポイント
- 「容積」は、定義とセットで読む: 「与圧された容積」「居住空間」など、数え方で数字が大きく変わります。ISSでも、与圧部分は1,005立方メートル、居住空間は388立方メートルと、2倍以上の差があります。
- 「模型」「試験用の客室」「本番の機体」を分ける: プールの模型は出入りの確認用、Cabin One は装置を入れた地上の試験と訓練用、宇宙へ行くのは本番の機体です。ニュースの写真や映像が、どれのものかを見ると、開発の進み具合が分かります。
- よくある誤解: 2027年のアルテミス3号は、月には降りません。地球の軌道でのドッキング試験で、スターシップ側には人が乗り移りません。
つづきの問い
月の1日は、地球の約1か月分あり、昼は100度を超え、夜はマイナス100度を大きく下回るほど冷えます。600立方メートルを超える客室を、この寒暖の中で、人が過ごせる温度に保つには、どんな工夫が必要でしょうか。
次に読む
- スターシップとは?スーパーヘビーとの2段構成、大きさ、エンジン、再使用の考え方
- スターシップで月へ行くには、燃料補給の打ち上げが何回いる?「約22回」と「6〜8回」の差を、しくみから読む
- スペースXのドラゴン宇宙船とは?乗れる人数、大きさ、緊急脱出のしくみ(今、人を運んでいるスペースXの宇宙船と比べる)
出典
- NASA「NASA's Human Landing System: Demonstrating the Capability to Land Artemis Astronauts on the Moon by 2028」(IAC-26-B3.1、2026年10月) → https://ntrs.nasa.gov/api/citations/20260008717/downloads/HLS%20IAC%202026%20FINAL.pdf
- NASA「International Space Station Facts and Figures」 → https://www.nasa.gov/international-space-station/space-station-facts-and-figures/
- NASA NSSDCA「Apollo 11 Lunar Module / EASEP」 → https://nssdc.gsfc.nasa.gov/nmc/spacecraft/display.action?id=1969-059C
- NASA「Artemis IV」 → https://www.nasa.gov/mission/artemis-iv/
※客室の広さ・エアロック・エレベーター・Cabin One・アルテミス計画の日程はNASAの論文、ISSとアポロの容積はNASAの資料で確認しました(2026-10-24時点)。
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