2026年10月22日のNASA航空宇宙安全諮問委員会(ASAP)の会合で、委員のチャーリー・プリコート氏が、スターシップの月着陸に必要な燃料補給の打ち上げは「約22回」という最新の見積もりを紹介したと報じられています。イーロン・マスク氏は同日(日本時間10月23日朝)、Xで「高すぎる。実際は6〜8回くらいになる」と返信しました。NASAの2026年の論文によると、回数は、スペースXが準備中の大規模な燃料移送の試験で測る、熱の入り方や蒸発の量などの結果をもとに決まります。
3行まとめ
- NASAの航空宇宙安全諮問委員会(ASAP)の2026年10月22日の会合で、スターシップの月着陸には、燃料補給のための打ち上げが「約22回」必要という最新の見積もりが紹介されたと報じられています。
- イーロン・マスク氏は、この話を伝えた記者の投稿に、Xで「それは高すぎる。実際の数は6〜8回くらいになる」と返信しました(日本時間10月23日6時12分)。
- NASAの論文(2026年10月)は、回数は「宇宙での大規模な燃料移送の試験」で、熱の入り方や燃料の蒸発の量を測ってから決まる、と説明しています。回数の差は、まだ誰も測っていない数字の差です。
前提知識:なぜ、宇宙で燃料を「足す」必要があるのか
ロケットは、燃料のほとんどを、燃料を運ぶために使います。 ロケットは、燃えたガスを後ろに勢いよく噴き出し、その反動で進みます。ところが、出発のときに積んでいる燃料は、それ自体が重い荷物です。最初の数分は、「あとで使う燃料」を持ち上げるために、燃料を燃やしていることになります。そのため、積む燃料を増やしても、進める速さは、燃料に比例しては増えません。ロケットの速さの変化は、「出発時の重さ ÷ 燃え尽きたあとの重さ」の比の対数で決まる、という式(ロケット方程式)が知られています。対数なので、比を2倍にしても、速さは2倍になりません。
地球のまわりの軌道に上がるだけで、燃料の大半を使い切ります。 一般的な目安では、地上から低い軌道(高さ数百km)に上がるのに、秒速9km台の速度の変化が必要です。月の表面に降りて、また月の軌道に戻るには、さらに秒速数kmが必要です。地上から一気に全部をまかなうのは、とても大きなロケットでも難しい。そこで、スペースXの方法では、まず着陸船(スターシップHLS)を地球のまわりの軌道に上げ、そこで燃料を満タンに入れ直してから、月へ向かいます。車にたとえると、「家の前のガソリンスタンドで満タンにしてから、長距離ドライブに出る」形です。
燃料は「とても冷たい液体」です。 スターシップの燃料は、液体のメタンと液体の酸素です。どちらも、ふつうの温度では気体で、液体にしておくには、メタンは約マイナス162度、酸素は約マイナス183度より冷たくしておく必要があります。宇宙では、太陽の光や機体の熱が、少しずつタンクに入ります。すると、液体の一部が温まって気体になり(これを「ボイルオフ(蒸発)」と呼びます)、使える燃料が減っていきます。待つ時間が長いほど、減る量は増えます。
「回数」は、かけ算と割り算で決まります。 考え方は簡単です。たとえば、軌道上で必要な燃料を100とし、補給用の機体1回で運べる量を10とします。ロスがなければ、100 ÷ 10 = 10回です。ところが、1回運ぶごとに移し替えで2が失われ、待っている間の蒸発でさらに減れば、1回あたりに実際に届くのは8以下になり、100 ÷ 8 ≒ 13回に増えます。逆に、1回で運べる量が15に増えれば、100 ÷ 15 ≒ 7回に減ります(数字は説明用のたとえで、実際の値ではありません)。「22回」と「6〜8回」の差は、この式の中の数字の見積もりの差です。
何が起きたか
NASAは、外部の専門家が安全を点検する「航空宇宙安全諮問委員会(ASAP)」を置いています。米国の官報によると、その2026年の第4四半期の会合は、10月22日(米東部時間13時30分〜15時)に電話で開かれ、議題には「アルテミス計画の最新状況」が含まれていました。
この会合で、委員のチャーリー・プリコート氏(元NASAの宇宙飛行士)が、スターシップの月着陸を支えるのに必要な燃料補給の打ち上げについて、「最新の見積もりは約22回だと思う」と述べたと、米アルス・テクニカのエリック・バーガー記者が伝えました。プリコート氏は、着陸船への多数回の燃料補給を、注意して見ていくべき点に挙げたと報じられています。
バーガー記者がこれをXに投稿すると、マスク氏は返信で、次のように書きました。
| 内容 | |
|---|---|
| 委員会で紹介された見積もり(報道) | 約22回 |
| マスク氏の返信(X、2026年10月22日21時12分 UTC) | 「That's way too high. Actual number will be more like 6 to 8.」(それは高すぎる。実際は6〜8回くらいになる) |
なぜ重要か
1つ目は、打ち上げの回数が、月着陸の日程を左右することです。補給の機体を1機ずつ打ち上げ、軌道上で順番に燃料を移すので、回数が3倍になれば、準備にかかる期間も、その間の蒸発も増えます。回数は、月着陸の計画全体の長さを決める、大きな数字です。
2つ目は、この数字が、まだ「測られていない」ことです。NASAの人間着陸システム(HLS)計画の担当者らが2026年10月の国際宇宙会議(IAC)で発表した論文は、スペースXが、長時間の軌道上の試験の最後に、スターシップどうしで大規模な燃料移送を行う試験に向けて準備している、と書いています。そして、その試験で熱の性質や蒸発の量などを測り、その結果で、最終的な補給の打ち上げ回数が決まる、と説明しています。つまり、委員会の見積もりも、マスク氏の数字も、試験の前の予想です。
技術・しくみ:月着陸までの燃料の流れ
NASAの論文によると、スペースXの月着陸では、スターシップを3つの役割で使い分けます。
| 機体 | 役割(NASAの論文より) |
|---|---|
| デポ(燃料の貯蔵庫) | 最初に打ち上げられ、地球の低い軌道で、補給機が来るのを待つ |
| タンカー(補給機) | 次々に打ち上げられ、デポにドッキングして、液体メタンと液体酸素を、デポの対応するタンクに移す |
| スターシップHLS(着陸船) | デポから燃料を受け取り、月へ向かう。月の軌道で宇宙飛行士を乗せ、月面に降りる |
順番にすると、(1)デポを打ち上げる、(2)タンカーを何回も打ち上げてデポを満たす、(3)着陸船を打ち上げてデポから燃料を受け取る、(4)着陸船が月へ向かう、の流れです。報道で「22回」と言われているのは、(2)を中心とした打ち上げの回数です。
ここで効いてくるのが、前提知識で説明した蒸発です。タンカーを打ち上げる間隔が長いほど、デポにたまった燃料は、待っている間に減っていきます。減った分を補うために、さらにタンカーが必要になります。そのため、回数を減らすには、「1回に運べる量を増やす」「移し替えのロスを減らす」「断熱をよくして蒸発を減らす」「打ち上げの間隔を短くする」の4つが効きます。
ぼくの考えだけど、マスク氏の「6〜8回」は、これらがうまくいったときの数字、委員会の「約22回」は、余裕を見込んだ数字と読むと、両者の差が理解しやすいと思います。
NASAは、着陸の前に、無人の着陸の実証も求めています。論文によると、目標地点から100m以内に自動で着陸し、着陸後に少なくとも2時間、地球へデータを送り、月面でエンジンを再点火して見せる、という条件です。
これまでの流れ
- 2021年4月: NASAが、アルテミス計画の月着陸船に、スペースXのスターシップHLSを選びました。
- 2023年5月: NASAが、2社目の月着陸船として、ブルーオリジンを選びました。
- 2026年: NASAは計画を見直し、アルテミス3号(2027年予定)を、地球の軌道で宇宙船オリオンと2社の着陸船の試験機がドッキングする試験に変えました。最初の有人の月着陸は、アルテミス4号(2028年初めの予定)です。NASAの論文は、2028年の後半にアルテミス5号での2回目の着陸もめざす、どの会社がどの回を担当するかは後で決める、としています。
- 2026年10月22日: ASAPの会合で「約22回」の見積もりが紹介されたと報じられ、マスク氏が「6〜8回」と返信しました。
NASAのアルテミス4号のページによると、4人の宇宙飛行士がオリオンで出発し、2人が月の軌道で着陸船に乗り移って、月の南極の近くに約1週間滞在する計画です。
知っておくと使える、ニュースを読むときのポイント
- 「何回」の数字は、前提の数字とセットで読む: 補給の回数は、1回で運べる量、移し替えのロス、蒸発、打ち上げの間隔で大きく変わります。回数だけを比べても、どちらが正しいかは分かりません。
- 「試験の前の見積もり」と「試験の結果」を分ける: NASAは、宇宙での大規模な燃料移送の試験の結果で、回数を決めるとしています。試験が行われたら、そこで出る数字が、いちばん大事なニュースです。
- よくある誤解: 「22回」は「22回の月への打ち上げ」ではありません。ほとんどは、地球の低い軌道まで燃料を運ぶ打ち上げです。月まで行くのは、着陸船の1機だけです。
つづきの問い
マイナス160度より冷たい液体を、無重力の宇宙で、ある機体から別の機体へ、どうやって「注ぐ」のでしょうか。重さが働かないと、液体はタンクの底にたまらず、ふわふわ浮いてしまいます。この問題をどう解くかが、燃料移送の試験の大きな見どころです。
次に読む
- スターシップとは?スーパーヘビーとの2段構成、大きさ、エンジン、再使用の考え方
- スターシップ15回目の飛行、ブースターと宇宙船の「2機同時キャッチ」に挑戦へ(打ち上げの間隔を縮める「再使用」の話)
- ロケットの打ち上げは1回いくら?費用の内訳を、材料から考える
出典
- 米国官報「Aerospace Safety Advisory Panel; Meeting」(2026-19188、2026年9月18日、第4四半期の会合は10月22日) → https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2026-09-18/html/2026-19188.htm
- エリック・バーガー記者(アルス・テクニカ)のX投稿(2026年10月22日) → https://x.com/SciGuySpace
- イーロン・マスク氏のX投稿(2026年10月22日21時12分 UTC) → https://x.com/elonmusk/status/2113377866478231647
- NASA「NASA's Human Landing System: Demonstrating the Capability to Land Artemis Astronauts on the Moon by 2028」(IAC-26-B3.1、2026年10月) → https://ntrs.nasa.gov/api/citations/20260008717/downloads/HLS%20IAC%202026%20FINAL.pdf
- NASA「Artemis IV」 → https://www.nasa.gov/mission/artemis-iv/
- Teslarati「The Starship moon landing number NASA and Elon Musk can't agree on」(2026年10月23日) → https://www.teslarati.com/elon-musk-nasa-starship-moon-landing/
※会合の日時・議題は官報、マスク氏の返信はXの投稿、燃料補給のしくみと日程はNASAの論文とミッションページで確認しました(2026-10-23時点)。委員会での「約22回」の発言は報道ベースです。
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