SiC(炭化ケイ素)パワー半導体とは、ケイ素(シリコン)と炭素の化合物でできた、大電力のスイッチ用の半導体です。シリコンと比べて、バンドギャップが約3倍(3.26eV対1.12eV)、壊れずに耐えられる電界が約10倍、熱の伝えやすさが約3倍です。そのため、同じ電圧に耐える部分を薄くでき、オンのときの抵抗と、切り替えのときの損失が小さく、高い温度でも動けます。米オークリッジ国立研究所は、テスラのModel 3(2017年納車開始)を、駆動用インバーターにSiCを使った最初の市販車と紹介しています。
電気自動車の電池は、直流の電気をためています。ところが、走るためのモーターは、交流で回ります。そのあいだで、電気の形を作り変えるのがインバーターで、その心臓部がパワー半導体という「電気のスイッチ」です。テスラは、このスイッチの材料に、ふつうのシリコンではなく、SiC(エスアイシー、炭化ケイ素)を使いました。この記事では、SiCが何で、なぜ電気自動車に向いているのかを、数字で確かめながら見ていきます。
前提知識:この記事を読むための4つの基礎
1. 直流と交流
直流は、電気が一方向に、同じ強さで流れ続ける形です。乾電池や、スマートフォンの電池、電気自動車の電池は、直流です。交流は、電気の向きが、1秒間に何十回も、行ったり来たりする形です。家のコンセントは交流で、東日本では1秒に50回、西日本では60回、向きが入れ替わります。テスラの多くのモーターは、交流で回る「交流モーター」です(テスラのモーターの種類)。つまり、電池の直流を、モーターのための交流に作り変える部品が、どうしても必要になります。米エネルギー省も、「電池の直流を交流にしてモーターを動かすために、インバーターが必要」と説明しています。
2. 電圧・電流・電力
水道にたとえると、電圧(ボルト、V)は水を押す「圧力」、電流(アンペア、A)は流れる「水の量」です。電力(ワット、W)は、その2つのかけ算で、「1秒あたりに運べる仕事の量」です。たとえば、400Vで250Aを流すと、400×250=100,000W、つまり100kWです。100kWは、家庭の電子レンジ(約1kW)のおよそ100台分です。電気自動車のインバーターは、このくらいの大きな電力を、ひとときも休まず扱います。
3. スイッチを速く入れ切りして、交流を「作る」
インバーターは、直流を交流に変えるとき、魔法を使うわけではありません。中のスイッチを、1秒間に何千回から何万回も、入れたり切ったりします。オンの時間を長くしたり短くしたりすることで、平均すると、なめらかに強くなったり弱くなったりする波、つまり交流に近い形を作ります。部屋の明かりを、目に見えないほど速く点滅させて、点いている時間の割合で明るさを変えるのと、似た考え方です。1秒あたりの切り替えの回数をスイッチング周波数と呼び、単位はヘルツ(Hz)です。1万回なら10kHzです。
4. 損失は、すべて「熱」になる
スイッチは、完ぺきではありません。電気を通すときにも、入れ切りの瞬間にも、少しずつエネルギーを失い、それは熱になります。たとえば、100kWを扱う装置の効率が97%なら、3kW(ドライヤー約3台分)が熱になります。効率が99%なら、熱は1kWで済みます。差は「たった2%」に見えますが、熱の量は3分の1になります。熱になった分は、電池から出たのにタイヤを回さなかったエネルギーで、さらに、その熱を捨てるための冷却装置も必要になります。損失を減らすことは、航続距離と、冷却の手間の両方に効くのです。
結論:SiCは、「高い電圧に耐え、速く、熱く動ける」スイッチの材料
SiCとは、ケイ素(Si)と炭素(C)が結びついた結晶で、日本語では炭化ケイ素と呼びます。これを使ったパワー半導体は、シリコンのものより、次の3つの点で優れています(東芝デバイス&ストレージの技術解説の表から)。
| 性質 | シリコン(Si) | 炭化ケイ素(4H-SiC) | 比べると |
|---|---|---|---|
| バンドギャップ(電子を自由にするのに必要なエネルギー) | 1.12 eV | 3.26 eV | 約3倍 |
| 絶縁破壊電界(壊れずに耐えられる電気の強さ) | 0.3 MV/cm | 2.8 MV/cm | 約10倍 |
| 熱伝導率(熱の伝えやすさ) | 1.5 W/cm·K | 4.9 W/cm·K | 約3倍 |
「4H」は、SiCの結晶の並び方の種類の名前で、パワー半導体で主に使われるものです。米エネルギー省の報告書(QTR 2015)は、バンドギャップが3eVを超える材料をワイドバンドギャップ半導体と呼び、SiC(3.3eV)と窒化ガリウム(GaN、3.4eV)を例に挙げ、「より高い周波数、温度、電圧で動作できる」と書いています。
しくみ1:バンドギャップとは「段差の高さ」
半導体の中の電子は、ふだんは原子に縛られていて、自由に動けません。電子が電気を運べるようになるには、ある高さの「段差」を飛び越える必要があります。この段差の高さがバンドギャップです。単位のeV(電子ボルト)は、電子1個が持つエネルギーの大きさを表します。
段差が低いと、温度が上がっただけで、熱のエネルギーで電子が勝手に段差を越えてしまい、「切っているのに電気が漏れる」状態になります。シリコンの段差は1.12eV、SiCは3.26eVで、約3倍の高さです。だからSiCは、温度が高くなっても、スイッチを切ったときに電気が漏れにくいのです。米エネルギー省の車両技術局も、ワイドバンドギャップ半導体は「シリコンの部品より効率が高く、より高い温度に耐えられる」と説明しています。
しくみ2:耐えられる電界が10倍だと、層を薄くできる
スイッチを切っているとき、半導体の中の特別な層(ドリフト層と呼びます)が、電池の高い電圧を「せき止め」ています。ダムのようなものです。せき止められる電圧は、おおまかに「耐えられる電界の強さ×層の厚さ」で決まります。電界とは、1cmあたり何ボルトかかっているかを表す、電気の押す力の強さです。
簡単な計算をしてみます。1,200Vをせき止めるのに必要な厚さの、理想的な下限は、
- シリコン:1,200V ÷ 300,000V/cm = 0.004cm = 約40マイクロメートル
- SiC:1,200V ÷ 2,800,000V/cm ≒ 0.00043cm = 約4マイクロメートル
です(実際の部品は、余裕を持たせて、これより厚く作ります)。せき止める層が約10分の1で済みます。そして、この層は、スイッチを入れたときには、電気が通り抜ける「通路」になります。通路が短いほど、抵抗が小さく、電気を通すときの損失(導通損失)が減ります。東芝の解説も、SiCは不純物を多く入れても(電気を通しやすくしても)高い電圧に耐えられ、チップを薄くでき、それが損失を下げると説明しています。シリコンでは、「電気を通しやすくする」と「高い電圧に耐える」が、引っぱり合う関係にあります。SiCは、その引っぱり合いを、ずっとゆるくできる材料なのです。
しくみ3:切り替えの瞬間の損失と、周波数
スイッチを入れ切りする一瞬、電圧と電流が両方ともゼロでない時間があります。電力は電圧×電流なので、その一瞬に熱が出ます。これをスイッチング損失といいます。1回は小さくても、1秒に何万回もくり返すので、積み重なります。
米エネルギー省の報告書には、1,200V用のSiCのMOSFET(電圧で入れ切りするトランジスタの一種)で、1回の切り替えの損失が、2011年から2013年のあいだに0.78ミリジュールから0.56ミリジュールへ、28%減ったという数字があります。仮に1秒に1万回切り替えると、0.56ミリジュール×10,000回=5.6ジュール毎秒、つまりトランジスタ1個あたり5.6Wが、切り替えだけで熱になる計算です。この数字を小さくできるほど、速く切り替えても熱くなりません。
速く切り替えられると、何がうれしいのでしょうか。同じ報告書は、周波数を10倍にすると、回路に必要なコイル(インダクタ)とコンデンサーの大きさは10分の1になると書いています。これらは、電気の波をならすための、かさばる部品です。速く切り替えられることは、装置全体を小さく、軽くすることにつながります。
報告書は、具体例として、30馬力のモーターを動かす装置(1,200V・50Aのトランジスタ6個)を挙げています。SiCでは、熱を逃がす板(ヒートシンク)を3分の1の大きさにでき、8kHzから16kHzまでのどの周波数でも30馬力を出せました。シリコンでは、損失が大きすぎて、12.5kHz以上では30馬力を出せず、16kHzでは20馬力までに下がりました。
なぜ電気自動車にSiCなのか:第一原理で逆算する
「物理の基本から考える」第一原理の考え方で、逆算してみます(第一原理思考とは)。
- 電気自動車のエネルギーは、すべて電池から出る。電池は重く、高い。
- 電池→インバーター→モーターと流れる途中の損失は、熱になり、走る距離に使えない(電気自動車が走るしくみ)。
- その熱を捨てるために、冷却液のポンプや配管が要る(バッテリー冷却液、オクトバルブ)。
- だから、インバーターの損失を減らせば、同じ電池でより遠くまで走れ、冷却も小さくできる。
インバーターは、加速のときだけでなく、減速で電池に電気を戻す回生ブレーキのときにも、逆向きに電気を通します。行きも帰りも通る関所なので、ここの損失は、走っているあいだずっと効いてきます。
米エネルギー省の報告書は、2004年型プリウスのインバーターをすべてSiCにした場合のシミュレーションで、燃費が100kmあたり3.94Lから3.36Lへ、14.7%改善したという研究を紹介しています。これはハイブリッド車の計算で、軽く、小さくなる効果も含めた数字です。
ただし、SiCには弱点もあります。同じ報告書によると、2015年当時、1,200V・20AのSiCのMOSFETは、電流1Aあたり約0.54ドルで、シリコンの約5倍の値段でした。また、SiCは、1cm²あたりで、材料と製造に2.5倍を超えるエネルギーを使います。それでも報告書は、車で使っているあいだに節約できるエネルギーが、その製造の差を2桁(約100倍)上回ると結論しています。部品は高いけれど、車全体で見れば得になる、というのがSiCの考え方です。
実際の車では:Model 3と、その次
米オークリッジ国立研究所(ORNL)は、テスラのModel 3(2017年に納車開始)を、駆動用のインバーターにSiCを使った最初の市販車と紹介しています。同研究所は、55kWのインバーターで、ダイオード(一方向にだけ電気を通す部品)をSiCに置き換えただけで、損失と熱の要件が33%減ったという研究も紹介しています。
Model 3のインバーターの中身については、分解調査会社System Plus Consultingの報告(2018年8月の案内)が、24個のパワーモジュールに、それぞれ2個のSiCのMOSFETが入っていると伝えています。かけ算すると、48個のSiCトランジスタです。熱を逃がすために、細い柱が並んだ形のヒートシンク(ピンフィン)が使われていたとも書かれています。
一方、テスラは2023年3月1日の投資家向け説明会で、次のパワートレインではSiCを75%減らし、しかも「車の性能や効率を損なわない」と発表しました(TechCrunchの報道)。SiCを作る装置の会社Aehr Test Systemsは、テスラに確認した結果として、この75%減は次世代の低コストのドライブユニットについての話で、現行のModel S/X/3/Yのものではないと説明しています。SiCをやめるのではなく、高い材料を、より少ない量で使いこなす方向です。どうやって75%減らすのか、その具体的な方法は、テスラは公表していません。
よくある誤解と、覚えておきたい目安
- 誤解1:「SiCは、電池の新しい材料だ」 → 違います。SiCは、電池ではなく、インバーターなどの電気のスイッチの材料です。電池の材料の話は、4680セルの記事で扱っています。
- 誤解2:「75%減らすなら、SiCは失敗だった」 → 違います。テスラの発表は、性能と効率を保ったまま、使う量を減らすというものでした。高い部品を減らすのは、コストのための工夫です。
- 誤解3:「効率の差が数%なら、意味がない」 → 100kWを扱うと、97%と99%の差は、熱が3kWか1kWかの差です。熱は3分の1になり、冷却も小さくできます。
友人に説明するときの数字は、「段差が3倍、耐える力が10倍、熱の逃がしやすさが3倍」です。この3つが、「薄く作れて、速く切り替えられて、熱くても動ける」につながります。
よくある質問
SiCとは、何と読みますか?
「エスアイシー」と読みます。日本語では炭化ケイ素です。ケイ素(Si)と炭素(C)の化合物です。
SiCとIGBTは、何が違いますか?
IGBTは、トランジスタの構造の種類で、多くはシリコンで作られ、大電力のインバーターで広く使われてきました。SiCは材料の名前で、SiCで作ったMOSFETが、IGBTの代わりに使われます。米エネルギー省の報告書は、ハイブリッド車のインバーターで、部品が高くても、車全体の費用を含めるとSiCのほうが有利になるという分析を紹介しています。
窒化ガリウム(GaN)とは、何が違いますか?
どちらもワイドバンドギャップ半導体です(SiC 3.3eV、GaN 3.4eV)。米エネルギー省の車両技術局は、この2つを研究の対象にしています。GaNは、パソコンの小型充電器などで使われています。
SiCを使うと、充電も速くなりますか?
SiCは、電気の形を変える装置全般で使われる材料ですが、テスラの充電器にSiCが使われているかは、公式に説明されていません。充電の基本は、交流充電と直流充電の違いで説明しています。
まとめ
- SiC(炭化ケイ素)パワー半導体は、大きな電気を速く入れ切りするスイッチ。シリコンと比べ、バンドギャップ約3倍、耐えられる電界約10倍、熱伝導率約3倍。
- 層を薄くできるので導通損失が小さく、切り替えが速いのでスイッチング損失が小さい。周波数を上げると、コイルやコンデンサーを小さくできる(10倍で10分の1)。
- 部品は高い(2015年に、電流あたりシリコンの約5倍)が、走行中の節約が、製造のエネルギーの差を大きく上回る(米エネルギー省)。
- テスラのModel 3は、駆動用インバーターにSiCを使った最初の市販車(ORNL)。2023年には、次のパワートレインでSiCを75%減らすと発表した。
つづきの問い:インバーターが作った交流で、モーターは、どうやって回る力を生み出すのでしょうか。磁石を使うモーターと、使わないモーターで、何が違うのでしょうか。
次に読む:テスラのモーターとは?誘導モーターと永久磁石モーターを使い分ける理由
出典(確認日 2026-10-27)
- 米エネルギー省「Quadrennial Technology Review 2015, Chapter 6, Technology Assessment 6N: Wide Bandgap Semiconductors for Power Electronics」(2015年): https://www.energy.gov/sites/prod/files/2016/02/f29/QTR2015-6N-Wide-Bandgap-Semiconductors-for-Power-Electronics.pdf
- 米エネルギー省 車両技術局「Power Electronics Research and Development」: https://www.energy.gov/cmei/vehicles/power-electronics-research-and-development
- 東芝デバイス&ストレージ「High withstand voltage (reverse voltage) characteristics of SiC SBDs」: https://toshiba.semicon-storage.com/kr/semiconductor/product/diodes/sic-schottky-barrier-diodes/articles/high-withstand-voltage-reverse-voltage-characteristics-of-sic-sbds.html
- 米オークリッジ国立研究所「Powering a clean, electrified future: Burak Ozpineci」(確認日 2026-10-20): https://www.ornl.gov/news/powering-clean-electrified-future-burak-ozpineci
- Warren, J. ほか「Energy Impact of Widespread Adoption of Silicon Carbide (SiC) Power Electronics」(Environmental Science & Technology 49(17)、2015年、OSTI 1414278): https://www.osti.gov/biblio/1414278
- GlobeNewswire(2018年8月17日、System Plus Consultingの報告の案内)「Tesla Model 3 Inverter with SiC Power Module from STMicroelectronics」(確認日 2026-10-20)
- TechCrunch(2023年3月1日)「Everything Elon Musk and execs shared and skipped at Tesla Investor Day」: https://techcrunch.com/2023/03/01/everything-elon-musk-and-execs-shared-and-skipped-at-tesla-investor-day/
- Aehr Test Systems(2023年3月)「Aehr Comments on Recent Tesla Statements on Silicon Carbide」: https://www.aehr.com/2023/03/aehr-comments-on-recent-tesla-statements-on-silicon-carbide-and-reiterates-its-annual-guidance/
この記事は、科学技術の学習を目的としたもので、投資の助言ではありません。事実と筆者の読み解きは、区別して書いています。
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